終章 クィア・ポリティクスの可能性

整理しよう。本稿が議論しようとしたことの背景には、ひとつの問題設定があった。それは段階論の想定に見られるような、反本質主義とアイデンティティ・ポリティクスの対立ともいうべきものだった。ホモセクシュアリティは社会的に構築されたものにすぎず、ホモフォビアが見い出しているようななんらかの本質的な実体を持つものではない、という言説に対し、ポリティクスの立場からは、そのような言説は現実的に不利益を被っているセクシュアル・マイノリティたちの不可視性を増長するものであり、ホモフォビックな社会構造を隠蔽することに加担する、と批判された。ポストモダン的にアイデンティティの批判をするよりも先に、まずは近代的な制度の中で主体を可視化し、近代的な制度の中で権利を獲得することが先決であると。構築主義のような内省的な理論、つまりは机上の空論よりは、強い主体による強い意義申し立ての方が、アクティヴィズムの方が、マイノリティたちにとってはるかに有益であると。

このような問題の設定の仕方自体に対する批判も、たびたび見られるものだ。たとえばセジウィックは、構築主義対本質主義という対立を疑似対立としてしりぞけ、そのような用語法を採用せずに、ホモセクシュアルを「普遍化する見解」と「マイノリティ化する見解」と述べている(Sedgwick[1990=1999:55-56,117-112])。前者はホモセクシュアリティを、「行為」という誰にでも生じうる偶発的なものによって定義する見解であり、それによってホモセクシュアルというものを特定の人種・集団のカテゴリーとすることを避けるものである。後者はそれをある特定の「人間」を規定する、グループの呼び名として定義する見解であり、それによって現実的に生じている不平等や差別を明らかにしたり、同性愛者たちの強いアイデンティティの基盤を用意するものである。セジウィックがいうように、これらの見解はどちらが正しいとか、どちらが古くてどちらが新しいものの見方であるとかが問題となるのではなく、同性愛者たちは常にこのふたつの見解のただなかに置かれているのである。たとえばソドミー行為を禁止する法律を合法化する判決に対し、控訴裁判所では、ホモセクシュアルである人間は、特定の種類の人間として、憲法上の保護を受ける権利があると判断した。《このように、このシステムの中でゲイであることは、行為に焦点を置いたホモセクシュアリティを普遍化する言説と、人間に焦点を置いたホモセクシュアルをマイノリティ化する言説との、根本的に重複する言説の影響下に置かれることなのだ》[ibid.:122]。

今のところ、少なくとも法律の言説のうちでは、後者が保護するものを、前者は禁じている。しかし一方で、たとえば、法律の言説と同時に進んでいるエイズに関する公衆衛生上の解釈においては、人間に焦点を置いたマイノリティ化する言説(「リスク・グループ」)の方が、これと競合する、行為に焦点を置いた普遍化する言説(「セーファー・セックス」)よりも抑圧的でない、とは言い難い。[ibid.]

しかし本稿では、構築主義の観点が、反本質主義という重要な要素を持つことから、構築主義の立場を徹底することが有益であると判断し、議論をすすめてきた。このことは、構築主義にまつわる様々な誤解と真剣に対峙することを不可避にする。その誤解とはたとえば、社会的構築主義の見解は、同性愛的欲望の「原因」は生物学的にではなく社会的に構築されるものだ、というものだ。すなわち「生まれではなく、育ちだ」という主張をするものが社会的構築主義であるという誤解である1 。フーコー自身、「同性愛行動の先天的な性向と社会的な条件づけという区別」についての信念をたずねるインタヴュアーに対して、《ノーコメント!(…)自分の能力を超えた事柄については、話すべきではないと思うのです。それは私の問題ではないし、私は研究の厳密な主題以外のことを話すのは好きではありません》(Foucault[1985=1987:47-48])と述べている。フーコーは、ホモセクシュアルの科学的・生物学的基盤のような領域については一切言及していない。社会的構築主義は、自然的・物質的なものがどうであれ、言説や知識というものが社会的なものであり、人々がそれについて語ったり考えたりなんらかの感情を抱くとき、社会的な準拠システムに依拠しなければならないということを主張しているのである。

このような構築主義に対する誤解は、セジウィックによれば系統発生論的問いと個体発生論的問いとの混同と結びつくものである。つまり、ホモセクシュアリティが構築されたものにすぎないのであれば、《人々は「いつでも自由に」(すなわち今すぐ絶対)特定の性的アイデンティティを(無作為に、そしてへテロセクシュアルを)、もう一方の性的アイデンティティを捨てて「選ぶ」ことができるという、快活な布告に低俗化させられた》(Sedgwick[1990=1999:57])のである。このように、アイデンティティの脱構築というものはいつでも敵の手によって流用され、容易に過った「本質」を担わされてしまうのである。

本稿では、まず第一章で、セクシュアリティの言説的な構築の歴史を、やや凡庸に記述した。ここで検討したようなテーゼはもはや時代遅れなものかもしれず、クィア理論の最先端はフーコーなぞおいてきぼりにして「もっと先に進んでいる」のかもしれない。けれど、むしろもっとも時代遅れな基本的な凡庸なテーゼを検討することで、ホモフォビアという社会現象を理解することにとって構築主義がいかに有用かということを、真剣に再考することを目指した。そこで確認したことは、ホモセクシュアリティが構築されたものにすぎず、したがってホモセクシュアルを消滅させることが可能であるというような殺人的企てではなく、セクシュアリティが(したがってへテロセクシュアルが)構築されたものである、ということである。セクシュアリティを権力の標的として生産することによって、(性を抑圧する)不寛容さではなく(「当たり前の性」という)規範が生じ、へテロセクシュアルがなにもしなくても正常で自然な、何の徴もついていない項として存在することになったのである。

また、そのことを確認できたからこそ、「系統発生論的問い」とは区別されるべき「個体発生論的問い」、すなわち個人のゲイ・アイデンティティといったものの基盤としての社会的空間が、いかに歴史的に可能になったのかという、唯物論的問題構成を誤解から離れて検討することができたのである。ゲイ・アイデンティティを可能にする社会的空間の創造をもたらした資本主義の発達と、公的なものの拡大をもたらしたモダニティの発達、およびホモフォビアは、密接にからみ合って存在してきたのだ。ホモフォビアについて検討した際に確認したように、ホモフォビアを正当化する言説やその論理と、ホモフォビアそのものという精神分析的な対象とは、とりあえず分けなければならないだろう。しかし、これらはやはりひとつのロジックによって密接に関係している。それは脱構築理論が「代補の論理」とよんだものであり、無徴項を存在させるために有徴項を必要とする論理であり、それによれば「自然で本来的」な無徴項に対して有徴項は構造的に先行しているのである(実際、性科学における「ホモセクシュアル」概念の発明は、「へテロセクシュアル」概念の発明に10年先行している)。

この脱構築の理論、反本質主義的な理論のもとにとどまって、真剣に検討することで、ジェンダーの分割、性差別、ホモフォビアがそれぞれ、やはり密接に関係していることを確認した。男女という差異は、男女の差異(性差)とは違う水準に属すものであり、生殖に関わる際の機能の差異を重要視する限りにおいてしか所与のものとはならない。なぜなら、身体にみられる差異は、それ自体ではそれが性に関わっているのか否かが判断できないからである。つまり、ひとりの男とひとりの女の身長の差が性差とは言えないように、性差とは統計上の差異でしかなく、統計上に性別カテゴリーの存在が可能であるためには男と女とを分割するというなんらかの操作が先行している必要があるからだ。男女を分割することは、性差から導かれているのではなく、生殖を至上の目的・命令とする生殖イデオロギーによって必然化されているのである。性差は結果にすぎないのだ。異性愛の核家族を近代が自明視したのは、決して性愛が生殖から自由になったからではない。ひとは公的な権力から解放され、自由な性愛を獲得したのではない。逆に、性愛という権力の通過点につなぎ止められたのであり、公的なものにとって不可欠な私的領域において生かされるようになったのである。

そして、この理論を検討するにあたってもっとも重要であると本稿が位置づけたのが、権力が準拠する知識や、いまや公的なものとなった規範が用いるカテゴリーのシステムを剰余するようなもの、すなわちシンギュラリティである。ジェンダー・カテゴリーを、政治システムや法によって表象されるのを待っているような所与のものではなく、法によって産出され、その後に生産されたものであることが隠蔽されるものであるとすることで、カテゴリーというものを本質的な実体とみなすことを批判した。そのことは、カテゴリーによっては表象し難い、変わった、奇妙な存在を視野に入れましょうといった主張なのではない。たとえその個体がカテゴリーによって容易に表象されるような、陳腐で凡庸なものであったとしても、その個体の代替不能性が剰余として残るという主張である。「このわたし」がいかにありふれた存在であったとしても、「この」わたしはこの世に二人といない存在である。この代替不能性、カテゴリーによっては決定し得ない剰余は、「わたし」ではなく「この」の方、this-ness に宿るものである。これをシンギュラリティとよんで、これに対する態度を倫理、カテゴリーの存在を可能にする共同体内部への態度を道徳と定義し、本稿の探究するものを前者に位置づけた。

これらのことをふまえない限り、アイデンティティ・ポリティクスに無批判に加担することは危険であるということが、本稿の主張するところだった。逆にいえば、これらの反本質主義的な前提によって、はじめてポリティクスが闘う敵、巻き込まれているゲームのルールなどを視野に入れることができるのだ。ゲームの内部から身を引き剥がし、ルールの全体像を見ることは、ゲームを降りてしまうことと同義ではない。ルールを知らなければ、そのルールを取り替える可能性も縮小されてしまう。

本稿で主に検討したセクシュアル・マイノリティのポリティクスは、ゲイのアイデンティティ・ポリティクスだったが、そこで主張したことは、反本質主義理論の含意していたことを前提としなければその意義がくみ取れないものであろう。まず、公的/私的の分割が、異性愛をノーマル(normal=規範的)とみなすホモフォビア社会によって恣意的に引かれた境界線によるものであることを論じた。「リベラルな」言説は、ゲイのカミング・アウトに対して「なぜそんな私的なことをいちいち公的にいう必要があるのだ」と寛容さをみせるが、異性愛はそこではいわばなにもいわなくても自明なこととみなされているのであり、同性愛と違って決して「私的な」ものとはいえない。異性愛は、公的/私的の区別を超えてその背後に前提されている「メタ・ナラティヴ」であり、それらの区別を作動させる暗黙の前提条件なのだ。公的/私的の区別についても、やはり脱構築が可能である。無徴の、当たり前の、自然な第一項という見せかけをとるためには、その「内部」から棄却したい要素を帰属する第二項が必要なのであり、第一項の自然な見せかけは、棄却したその後で、棄却したということを隠蔽し、あたかもあらかじめそうであったかのようなそぶりをするのである。したがって、二項対立は、静的な対立ではなく、絶えざる棄却の過程、動的な権力の流れの通過点として存在するのである。このことを明確にすることは、アイデンティティ・ポリティクスと相容れないことではない。むしろアイデンティティ・ポリティクスは、この「流れ」に対する抵抗、「メタ・ナラティヴ」の中で語られる存在であることに対する抵抗、みずからの声を獲得して「暗黙の前提条件」に従わないことを宣言することでなければならないだろう。

そのため、次に、ライフ・ヒストリーを語ることによって「声」を獲得する実践の過程について考察した。そのとき本稿では、はっきりと本質主義的な実証主義者が想定するライフ・ヒストリーというものと、構築主義的な前提に基づいた語りの実践を区別した。実証主義が想定する語りは、現実の真実に光りを照射することでその「本質」をくまなく記述する行為であり、もし「語られなかったこと」があるのであれば、それはたんにいまだ照射されていない部分が残っていて、語り手本人が語り逃しているか聞き手が聞き逃しているか、言語能力の欠如で言語化されなかったか、いずれにせよそれはそもそも「語り得ない」ことではなくて「語られていない」ことにすぎないのである。しかし、構築主義の想定によれば、現実と言説との関係はそのような一対一の対応をしていない。むしろ「語り」は語り手にとって現実のすべてなのであり、現実そのものなのである。もちろんある出来事や体験は、語り手によって様々に語られうるが、それは様々な語りの他に本当の客観的な現実があるということではない。すべての語りがそれぞれに現実なのだから、「本当の現実」の想定は、むしろ過剰なものなのだ。あるインフォーマントが、ホモ行為をしていたけれどだからってホモじゃないよ、と述べたように、また彼が上京後ゲイ・サークルへの参加を通してゲイ・アイデンティティを獲得していったと述べるように、行為や出来事それ自体に宿る本質ではなく、社会的解釈領域から得られる解釈資源が自己規定にとっては重要なのだ。もちろんここでは、言説という現実についてわれわれは考察しているのであり、物質的・自然的・生物学的なものについては、否定しているのではなく何も語っていないのである。

クィア・ポリティクスについて検討する準備は、以上のようなものである。ここからどのように考察していけばよいだろうか。

われわれは、名を獲得し、ここに存在する強いゲイ主体達と出会うことができる。彼/彼女らはたかだか「名」にすぎないものに自己を同一化してしまった愚かな者達なのではない。名を獲得しようと格闘する者達は、すべて固有名の代替不可能性によって、シンギュラリティの〈魂の叫び〉によって駆動されている。この〈叫び〉があらゆる存在の前提条件なのである。

しかし、われわれが出会うことができるのが強いゲイ主体であるということは、逆に考えれば、強い主体を持ち得ていない者達、いまだ出会えていない者達は、名を持つこともなく、居場所を確保できず、したがって存在することさえなく、われわれと出会うことがないのではないか。本稿が取り組んだひとつの謎とは、彼/彼女から名を奪い、存在を奪っている力とはなにか、という問いである。そしてこの問いには、こう解答した。権力は、名を与える知の力である。しかしその知は、無知の効果によって拓かれた権力の磁場の圏内において、知として機能するのである。したがって、この権力の圏内で人は、名を与えられると同時に名を奪われてもいるのだ、と。そして、名を奪われた者達のためになされるなんらかの行動の指針となるものとして、クィア・ポリティクスの構想を示唆したのである。

クィアとはシンギュラリティのことである──たったこれだけの単純なことが、本稿の主張内容である。だが、この単純さは筆者に不安をもたらす。この主張が単純であるだけに、ほんとうに主張が伝わったのか、伝わるとはいかなることなのか──伝わってしまった瞬間にそれは「知」となり、したがって「無知」を伝えたことになってしまうのではないか──などの不安定さに直面させられるのである。そしてこの不安定さこそがこの論文が取り扱ってきた問題でもあるのだ。だが、この主張は、現実に存在しているシンギュラーな存在者達とかかわり合う「ポリティクス」として鍛えられようとするその時に立ちあらわれてくる不安定さに直面している。現実にわれわれは、喜ばしい楽観的なビジョンと、絶望的なビジョンとの両方に直面するだろう。凡庸だが、「それが現実だ」。

たとえば、デヴィッド・ハルプリンによるクィア・アイデンティティの次の定義は、本稿が示唆してきたものに限り無く近いが、そのあまりに楽天的なビジョンは、不安を与えるのに充分すぎるものである。

ゲイ・アイデンティティが成立するのは、意識的に宣言することによってだが、その根本はやはり同性を対象選択するという実証的な事実である。いっぽうクィア・アイデンティティはといえば、なにか実証的な真理とか確固とした現実とかに基づく必要はまったくない。ことば通り、「変態」(queer)は、なんらかの自然な種の名ではないし、なんらかのはっきりとした対象を指すわけでもない。それは、規範に対して対立関係にあることによって意味を持つ。正常な、正統的な、支配的なものとぶつかるものならなんでも、定義上クィアである。クィアは、なにか特定のものを指し示すとは限らない。それは本質なきアイデンティティである。(…)むしろそれが記述するのは、原理上、その正確な範囲と多様な広がりを、前もっては規定できないような可能性の地平なのである(Halperin[1995=1997:92])。

この定義は全く正しい。にもかかわらず、その完全性において不安を与える。どういうことか? 「規範に対して対立関係にある(…)ものならなんでも、定義上クィア」だということは、セクシュアリティという、規範上の概念、すなわち《権力の関係にとって極めて密度の高い一つの通過点》(Foucault[1976=1986:133])に対して抵抗するというクィア・ポリティクスの目標にとって、当然導かれうる「定義」である。しかしこのような明晰な定義は、クィア・ポリティクスにそぐわないような印象を与えてしまう。このアメリカの大学教授によって書かれたあまりに明晰な実証主義的文体が、そのような印象と不安を与えるのだろうか(おそらくそれもあるに違いない)? また、この定義がゲイ・アイデンティティという「実証的な事実」を前提にしたものと対立させてあることから、またおなじみの二項対立の排他的性質を思い起こさせるからだろうか?

この不安は、ハルプリン自身が(やはり同様の明晰な文体で)書いているものでもある。彼によれば、クィア概念は深刻な不都合をはらんでいる。まず、これはクィア・セオリーという言葉の生みの親であるデ・ラウレティス[1998]もはっきりと述べていることだが、《単一のクィアというアイデンティティの夢》(Halperin[1995=1997:95])が、その内部の差異を覆い隠してしまうという問題がある(本稿序文でも述べたように、もともとqueer概念は、lasbian and gayという名称が、andという接続詞で結ばれていることで、そこにはあたかも差異がないかのような印象を与えてしまうことを危惧して用いられたものである。queerは、セクシュアル・マイノリティにもエスニシティや階層のような分割線が多重に引かれていて、そもそも一枚岩的な集団として表象しえないことに注意を喚起する目的で提唱された概念である)。

さらに、《脱本質主義的なアイデンティティを生み出したり、周縁的な位置取りを規定するよりはむしろ、アイデンティティの拒絶、否定、否認の機会を増やす》[ibid.]と危惧される。そのことによって、《われわれの不利益を経験しない連中が、じつにやすやすとこのラベルを着服してしまえる》[ibid.:96]のである。たしかに、「本質なきアイデンティティ」を宣言することは、周縁性(有徴性)に作動している権力の流れ、ゲームの進行から「自由」になることを可能にする。しかしそのことで、実際に流れている権力の関係をそのまま手付かずにし、隠蔽することにもつながってしまうだろう。

これらのことをハルプリンはきちんと理解している。そして、そのうえで、クィアにホモフォビア言説の逆転の可能性を見い出し、擁護する宣言をしているのだ。それは、本稿も議論してきたように、クィア概念は《(ホモ)セクシュアル・アイデンティティを、必ずしも実質的にではなく、対抗的かつ関係的に、そして実体としてではなく位置として、ものとしてではなく規範に対する抵抗として、定義することができる》[ibid.:98]というとてつもなく大きな意味論上の含意を保持しているからである。このような彼の見通しは、本稿とまったく立場を同じくするものであり、文句のつけ所がなく正しい。だが、それでもやはりこのポジティヴさは不安を与えてしまうものである。

そもそも、ある概念が、それが存在するだけで概念の存立構造に対する疑いのまなざしを向けさせ、解体してしまうように促すなどということがありうるだろうか? そのような例をわれわれはあまり知らないのではないだろうか。ジュディス・バトラーも、ドラァグ・クィーンたちのケバケバしい異性装を、ジェンダー規範の盗用によるパロディ的壊乱として評価していたが、後に現実にはそううまくはいかないということを認めざるを得なかった。ドラァグ・クィーンの奇妙さを目撃して眉をひそめたり笑ったりするホモフォビックな異性愛主義の男性はいても、ジェンダー規範を相対化する羽目になった男性はそうはいないのである。マッチョ・ゲイの信奉するマッチョな表象を、かつてフェミニズムは家父長社会のマチズモ礼讃の極端に強調されたものとして批判したが(伊野[1997])、クィア理論の文脈では、ゲイのマッチョ・スタイルは異性愛男性のマチズモのパロディ的なコピーであり、壊乱的混乱を生じさせる「記号論的ゲリラ戦」(ウィークス)として評価されることになる。しかし、《セックスが常に政治化されているのは議論の余地のない真実であるにしても、セックスをすることがどのように政治化するかはまったく未決の問題である》(Bersani[1988=1996:122])。ベルサーニは、ホモ・セクシュアリティや、周縁的であることそのものになんらかの転覆的力を見い出すことの、アクティヴィスト特有の楽観主義に対してわれわれが懐疑的にならざるを得ない事情をよく理解しているようだ。かれはこの種の言説を次のように揶揄する。

これらの発言は秩序錯乱的な意図をまるでもたない(とわたしが考える)ものと、それがもたらすかどうかも疑わしい錯乱の効果とを混同し、それによって秩序錯乱の意図の不在を隠蔽している。ストレートの男性がフォルサム・ストリートをドライヴしながら車の窓から眺めるゲイのいでたち(実際かれらがそれを見るとしての話だが)によって、一体いかほどの「多大な損害」が加えられるのか理解に苦しむところだ。[ibid.:123]

ベルサーニは、ゲイのマッチョ・スタイルへのこだわりが、政治を生み出すパロディではなく、それが真剣であることによって性的興奮をもたらすものであることを知っている。おそらく、クィア理論の含意したことでもっとも忘れてはならないことのひとつは、楽天的に、ポジティヴに、アクティヴになんらかのアイデンティティを得ることを称揚してしまうのではなく、いわばアイデンティティが(理論によって)解体されてしまうことの快楽を忘れないようにすることではないか。そのことを忘れてしまうような明るさや明晰さ、前向きさに出会って、われわれは不安になるのではないだろうか。

リー・エーデルマンは、第3章第1節でも引用したように、(肛門性交から連想されるような)「受け身性」や、自己陶酔の「ナルシシズム」を批判する、異性愛主義男性やエイズ・アクティヴィストの主体化を、自己投影的な棄却という精神分析学の用語でよんでいる。「政治的」アクティヴィズムは、それが第一項として存在するために、そこから棄却したい要素を投影する第二項を必要とするのである。この論理は本稿で何度も出てきたおなじみの論理である。「政治」とは、それが離れたい「学問的なもの」への否定的な位置関係によってはじめて「政治」になりうるものなのだ。いいかえれば、「内省的」で「アクティヴでない」「学問的なもの」とは、「政治」や「アクティヴィスト」の視野から位置付けられ、構成されたたものなのだ。《内省とはまさに、「政治」がそこから離れることによってのみ「政治」になるような鏡の特性のことなのである》(Edelman[1994=1997:276])。

われわれの立場から「ポジティヴ」に提起できるような「政治的」目標は、もうなくなってしまった。なぜなら、「ポジティヴさ」がもたらす様々な効果に対する否定的な意義申し立てや、内省性、受け身性、ナルシシズムなどだけが、クィアな「アクティヴィズム」の唯一の方法だからである。それは方法といってももちろんひとつの定義されたものであるはずはない。方法なき方法、決定なき決定、アイデンティティなきアイデンティティ、生産なき生産、知識なき知識、力なき力、などなど、強く主体化して方向を示していくような政治とは程遠いものこそが、現実の社会に偶発的な混乱を引き起こしていくものではないだろうか。これはネガティヴにいっているのではない(そもそもポジティヴ/ネガティヴという二項対立を設定し、ネガティヴであることを価値的に低いものであるとみなすような判断自体がクィア・ポリティクスからかけ離れたものである)。クィア・ポリティクスが静態的なものではなく、動的であるためには、常に明るいヴィジョンと絶望的なヴィジョンとを同時にその概念のうちに抱え込み、その前で(鏡の前で?)内省し続けなければならないはずである。

最後に、ひとつの現実の例として、1998年10月16日に日本で初めての性転換手術が施行されるまでの、いわゆる性同一性障害という「現実」をめぐるいきさつについて考えてみよう。この手術が合法化されるまで、埼玉医科大学倫理委員会によって「性同一性障害」という「疾患」の存在が認定され(埼玉医科大学倫理委員会[1996])、日本精神神経学会によって設置された性同一性障害に関する特別委員会が、診断基準と治療のガイドラインを作成し発表する(性同一性障害に関する特別委員会[1997])という経過があった。この経過については、同倫理委員会委員長・同特別委員会委員長の山内俊雄氏が詳しく記述している(山内[1999])。倫理委員会の作成した付帯条件2 をふまえ、特別委員会は実際に患者を治療するにあたってのガイドラインを作成した。そのガイドラインによれば、精神科医による治療と内分泌科医によるホルモン治療を終えてから、外科医による手術療法の段階にすすむことができる。医療倫理の観点からは、もともと「正常」に機能している身体を手術によって生まれつきの性とは反対の性に変えてしまうこと──いってみれば性自認という、精神の領域の「異常」に生物学的基盤の方を合わせてしまうこと──が医療の役割の圏内にあるのかどうかが問われていた問題であった。このガイドラインの含意しているのは、性自認の異常は性分化におけるホルモンの異常という「生物学的原因」を持つものであるということだ。診断基準をクリアした患者はしたがって、正常な状態を異常な状態に近付ける手術としてではなく、異常が生じた状態を正常にするという、従来の医療の役割の圏内に位置付けられる。

本稿の最後において、このような医学の権威による言説に対して、それがあまりにもひどいとか、間違っているなどと批判するつもりなのではない。そういう意図でこの事例を扱おうとしているのではない。もちろん、この委員会による言説の本質主義的な想定と理解は、本稿がとっている立場からは批判すべき点が多くある。たとえば、委員長が性同一性障害を「疾患」として位置付けることにためらいがあったことを告白する場面である。彼は、伏見憲明が、同性愛を勝手に「倒錯」としたかと思えば市民団体の抗議があれば今度は「性的逸脱」の範疇から取り除いたりするなど、精神医学の不安定な根拠のなさに対して不安感を表明する一文を引用し、性同一性障害に関しても伏見と同様の不安を抱いたと述べる。しかし、性同一性障害を「疾患」として位置付けることになった理由を、次のように述べている。それは、この障害の背景には《自然の成り行きとしてはそうはならないはずのことが、何かの行き違いでそうなってしまった》ということ、《本来、生物学的性と性の自己意識は一致するはずであるのに、そうならなかった》ということが想定されるからだという。さらに、この〈正常/異常〉の「相対性」(社会的・文化的相対性?)をいうために、《仮にもし、将来、生物学的性と性の自己認知が一致する例より不一致例の方が多くなれば、一致例を逆に障害と呼ぶことになるかもしれない》と述べる[ibid.:68-71]。これはひょっとしたらわざと言っていることなのかもしれない。この医師は、科学的言説というものの根本的な倒錯を「知って」いて、その倒錯の「中で」しか専門家への信頼を獲得できないということをここで前提しようとしているのだろうか。他に解釈しようとすれば、「性の一致」とは、男性か女性かに関わらず自己の性に疑いをもたず、「不一致」とは、自己とは反対の性に同一化するということをいっているのかもしれないと解釈できる。しかしそのときにやはりそれが「障害」であると判断できる根拠はどこに設定されているのかわからない。一致していようがいまいが、その患者が苦しんでいるということによってしか判断できないのだとしたら、むしろ「一致していないこと」ではなく「苦しんでいること」が治療の対象になるはずではないのか。もし仮に誰も苦しんでいないときに「不一致」があると主張してみればわかるように、それが一致しているとかいないとか、なにによって判断するというのか。

しかしここでこの例を取り上げたのは、構築主義的に本質主義的言説を批判するためではない。むしろこの委員会の判断は妥当なものであると言っておきたい。これは、自殺を試みるほどに苦しんでいる患者を、助けられる技術を持ちながら放っておくわけにはいかないという医療倫理によって、専門家システムに対する信頼を保つことに成功しているし、生まれつきのものであるはずの性を変えてしまうことに対する規範的抵抗感を、現在の専門的知識によって可能な限り説得的に社会的合意を取り付けることで縮減することに成功している。山内氏の著書における報告からも、きわめて誠実にこの問題に取り組んだことがわかる。今回の経緯は確実に、性の問題、医療の問題における進歩である。

この専門家システムの機能は今回、もっともまっとうに、もっとも妥当に作動した。それが「まとも」であることから、われわれは現在の状況について考えるべき問題を読み取ることができる。山内氏は、倫理委員会の答申を発表するにあたって、それぞれの立場から様々な意見をぶつけられ、大変な思いをするのではないかと、内心おそるおそる出した答申であったという。ところが反応は、拍子抜けするほど迎合的であり、とまどったという。この好意的反応の背景として、次の三つをあげている。

ひとつめは「時代の流れ」であり、《かつてのような画一的な判断はなくなり(…)いろいろの価値観や主張を認め、受け入れるようになってきている。多様な価値観が浸透しつつある》[ibid.:85]という。ふたつめは「性のあり方に対する寛容性」であり、セクシュアル・マイノリティの権利意識の台頭などによって、《頭からの拒絶ではなく、そういう人たちがいるということを頭で理解するといった形での(表面的ではあっても)寛容さが以前より増している》[ibid.:86]ことが背景にあると述べる。これらの「背景」は、あまりにも喜ばしい、楽観的なビジョンを提供している。このビジョンは、本当だろうか、という疑念を抱かせると同時に、リアルなものでもある。このビジョンがリアリティと同時に疑念も抱かせるのは、あきらかに次のビジョンが相補的に立ちあらわれるからである。すなわち、みっつめの背景として、「性の問題に対する不慣れなこと」を山内氏はあげている。《一方では、われわれ倫理委員会の委員がそうであったように、世の中全体が性の問題に不慣れであったといえるのではないだろうか。(…)したがって、いろいろの領域の人たちが反論をするというより、「ああ、そういうことなのか、ふーん」という形で間接容認になっていたのかもしれない》[ibid.]。この「容認」は、他者性への「気づかい」とは程遠いような、絶望的なビジョンである。それが、ほとんどふたつめの背景としてあげられた「寛容さ」と見分けがつかないようなものであるにもかかわらずである。

このように、明るい見通しと絶望的な見通しは、ほとんど見分けがつかないものとして表裏一体となっている。ここでこの例を取り上げたのは、絶望的な見通しに嘆き、楽天的な見通しへの方向性を示すためではない。そうではなく、ある現実的な事態が、ひとつの客観的真実をもった統一物ではなく、まったく相反するようなものの見方を可能にしているということを確認するためである。それは、明確でポジティヴな政策提起とはまったくかけ離れたものであろう。しかし、ポジティヴなアクティヴィズムでないことが、すなわちアクティヴな効果をもたらさないということにはならないのである。

(了)


1 社会的構築主義の基礎的な教科書の著者ヴィヴィアン・バーも、《人々は時に、文化的および歴史的な特殊性を主張する社会的構築主義者の議論を誤解して、それを「氏か育ちか」論争の「育ち」の側に立つ、もう一つの立場にすぎないと見ることがある。けれども、社会的構築主義はただ単に、人の文化的環境がその心理に影響を与えるとか、あるいはわれわれの特質は生物学的要因よりもむしろ環境的要因(社会的要因を含む)の所産であるとか、言うわけではない。それらの見方は、〈どちらも〉本質主義的であって、そこでは人が、生物学的に与えられたものであろうと環境によって与えられたものであろうと、ともかく、何らかの限定しうる、それと認められる特質をもつと見られており、したがってそれらの見方は、社会的構築主義とは言えないのである》(Burr[1995=1997:8])と述べる。

2 (1)診断基準と治療に関するガイドラインの策定、(2)医療チームを作り、対象選定、治療選択、術前、術後のケアーのための体制の整備、(3)性同一性障害に対する理解を深め、手術療法に伴って生ずる問題を解決するための働きかけをする(山内[1999:75-76])。